出浦の備忘録 part1~方言から読み取る中心とは~ | 東進ハイスクール青葉台校|神奈川県

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2015年 9月 4日 出浦の備忘録 part1~方言から読み取る中心とは~

おはようございます、こんにちは、こんばんは、どうも出浦です。

皆さん、お久しぶりです。この夏、いかがお過ごしでしょうか。

高3の皆さんはもうこのブログを読んでいる余裕もないぐらい勉強しているでしょうか。

高12の皆さんは勉強しているものの、振り返れば結構夏休みしてしまったなぁ、なんて人も多いのではないのでしょうか。

 

かくいう僕は、今まで以上に外に出ないとてもインドアな夏休みになっています…。笑

ただ、夏休みの後半にはゼミ合宿で佐渡ヶ島に、そして個人的なフィールドワークとして天草(熊本県です。天草式十字凄教とかは聞き覚えがあるのではないでしょうか。)にいってきます。

それらのお話はまたいずれかの機会でご紹介できたら、と思います。

 

さて、序文はここまでとして、そろそろ本題に入ります。

タイトルをご覧いただけばもうなんとなくお分かりかとは思うのですが、

他の担任助手が色々なテーマについてブログを書いている中、僕だけフリーテーマで書いていいよ、と許可をいただきましてちょっと自由にやらせてもらっています。笑

 

出浦の備忘録ということで、僭越ながら私、出浦が勉強をしてきたことを回に分けてお話していこうかな、と思っております。

記念すべき第一回の内容ですが、方言のお話をさせていただくこととします。

日本人なら皆さんご存知、「方言」――。

では、その歴史、ご存知でしょうか?

 

日本で方言が最初に確認されたのは、万葉集だと言われています。

万葉集の巻十四と、二十の一部に東歌という東国に住む人々の歌の収録した部分があります。(文系の子たちは古典の授業で耳にしたことがあると思います。)

この東歌に文献として確認できる最古の方言を垣間見ることができるのです。(正確には防人の歌という九州沿岸の防衛のため設置された辺境防備の兵たちの歌にも見ることができるのですが今回は割愛します。)

 

そもそも、方言とは一体なんなのでしょうか?

訛りがある、共通語の言葉遣いと違う、ちょっと羨ましい、なんていう印象があるのではないかと思います。(実際僕自身方言には憧れがあります。笑)

今回のお話で大切なのは、共通語とは「中心で使われる言葉」であり、方言は「周縁で使われる言葉」だということです。

少し、歴史のお話をしましょう。

現在のいわゆる中心はどこでしょうか?

そうです、東京ですよね。

では、東京が中心になったのは一体いつからですか?

江戸時代に徳川家康が江戸に幕府を開いてからですよね。しっかり日本史の授業をきいていた皆さんならご存知だと思います。

そして、明治時代にその江戸が「東」にある「京」として「東京」という名前に変えられ、そこで使われていた言語を共通語を制定します。

つまり、江戸で使われていた言葉が中心の言葉となったわけです。

 

では、もう一つ質問です。それまでの京はどこにあったのでしょうか?

奈良、京都、つまり今で言う関西にありましたよね。

ということはです。察しのいい人はそろそろ気づいているかもしれませんが、

以前の中心は奈良、京都にあったということは、そこで使われていた言葉が共通語であった、ということになりますよね。

 

さて、遠回りしましたがようやく話を万葉集に戻します。

東歌は東国に生きる人々の言葉遣いをそのままに収録したものです。

その彼らの使う言葉に今の言葉との共通項を見出すことができます。

それは、否定語「~ない」という表現です。

これは今でも使いますよね。

「それは嫌いなので、食べないです。」といった感じで。

古文の否定語を思い出してください。「~ず」「~ぬ」という表現がありますよね。こちらが奈良時代から当時の中心で使われていた用法です。

これは使わなくなったと思いがちですが、関西の方言を思い出してください。

「それ嫌いやから、食べわ。」って言いますよね?(もし関西の人が見ていたら、エセ関西弁みたいでごめんなさい。笑)

この「~ん」というのは「~ぬ」からの派生だと言われています。

 

さて、話がややこしくなってまいりましたが、今回のお話の結論といきましょう。

奈良時代で共通語として使われていた用法、これは現在の関西の方言として息づいています。

一方、奈良時代では方言として使われていた用法、これは現在の共通語として生きています。

お分かり頂けたでしょうか?

「今、私たちが使っている(この文章もそうですね)共通語は、1500年前の方言だ」、ということです。

かつての方言を共通語として使うようになった歴史はたかだか400年ぐらいということなんですね。

これはあくまで想像にすぎませんが、関西の人たちが東京に出てきても方言を直そうとはしないのは、

彼らの使う言葉は1500年前より共通語とされてきたもので、歴史としてははるかにあちらのほうが共通語だった、という思いがあるのではないかと思います。

 

どこを中心とするか、何が普遍であると定めるか。それだけで物事の見方はまるっきり変わってしまいます。

これは言語に限らず、社会情勢、人間関係といった全てのものに当てはまるのではないのでしょうか。

 

今回のお話は、方言というものの歴史を追うことで、言葉というものの流動性を感じるものでした。

僕の通う文学部では、こういったことを学び、その先に何があるのかを日々考えています。

 

もし、今回の記事で文学部、言語学に少しでも興味をお持ち頂けたら幸いです。

直接僕に話を聞きたい人がいらっしゃったらいつでもお待ちしておりますので、是非青葉台校までお越しください。

 

それでは、また次回お会い致しましょう。

 

さようなら。

 

 

担任助手3年 出浦怜央

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