ふじもとーーく#13(最終回)「幕引き」 | 東進ハイスクール青葉台校|神奈川県

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2020年 5月 3日 ふじもとーーく#13(最終回)「幕引き」

こんにちは。ブログの神です。

言うてますけど。

担任助手2年の藤本琉平です。一世を風靡(ふうび)した大人気コンテンツ「ふじもとーーく」もいよいよ最終回となりました。画面の向こうですすり泣く皆様の声が聞こえてきます。

……ああ、泣いてるのは昨日の野口くんのブログの余韻ですか。いつだってイケメンには敵わないものです。まだ読んでない人は読みましょう。激アツエモエモブログでした。僕はまだ読んでないけど。

でもね、僕は最終回だからって、変にエモくしたくないんです。なんでこれまで、このクオリティにしなかったんだよ、ってなるでしょ。

言ってるそばから無駄な演出付けてきたけど。言動と行動は必ずしも一致しないものです。

そう。エモくしたくないけど、最終回ぽいことしたいんです。アンビバレンスです。(今すぐ辞書を引こう。持ってない人は買いに行こう。)

てことで、青葉台校の皆さんに、僕が伝えたいこと3つ!!

藤本からみんなへ

「お前、この見出しみたいなやつ作れんのかよ」って思ったよね。爪を隠すのは、能無しと同じです。先日、『テラスハウス』を観て思いました。(なんで。)

①フラグを立てるな!

高2から東進に通い始めて、助手の期間も含めると3年目になります。数々の大学受験生を見てきましたが、毎年必ずいるのが「フラガー」。やたらとフラグを立てる受験生のことです。

「俺は受かる」「〇〇大なんて余裕っしょ」とほざきながら、受験本番で見事に全落ちをキメてくる輩です。

いいですか、世の中は「フラグを立てたら回収する」のがルールなんです。憲法にも書いてあります。

ナメた態度で受かるほど、受験は甘くありません。

それに、どんなに過去問がよく出来ても、模試でいい順位を取れたとしても自分より頭のいい人なんで無限にいます。

その人からしたら「その程度の成績でイキってるんだ」と思われますよ。

受験に美術点はありません。かっこよく合格したい気持ちもわかるけど、無駄な自意識です。泥臭くても、勝者だけが正義。

受験生たるもの、謙虚に学び続けよう。慢心と戦え。

類義語:過去問にケチつけマン、受付族

②過去の意味は、未来により決まる。

人生に正解はあるのか、という問題です。これには昔から頭を悩まされていて、日々考えが二転三転しているのですが、いまの結論でいうと、「正解はある」と思います。

自分がより幸せになれる、成長できる選択が「正解」ですよね?

とは言え、人間。誰だって「不正解」を選ぶことはあります。どうしであの時、あんなこと言ったんだろう。あの時、ああしていれば。と、考え出したらキリがない。

常に正解を選び続けようとしていたら身動き取れないし、そんなこと不可能です。

でも、「選んだ道を正解に変える」ことはできるのではないでしょうか。

具体例に落とし込もう。僕は偏差値46の私立中学で最下位争いをしていました。高い学費を払ってもらいながらも授業は聞かず、遊び呆けていたのです。

高1になって気づきます。「このままじゃ、やばくね。」

散々、親に迷惑を掛けて、自分は何をしてるんだ。そこから猛勉強をしました。自分より頭の良い同級生をごぼう抜きしていった快感は忘れられません。

そんなこんなで、卒業するころには高入生を含めた順位でも学年1桁をキープするようになりました。

では、僕の中学時代は無駄であったか。そうではないと思います。(両親には本当に申し訳ない。)

あの頃の失敗があったから、それを糧にして頑張れたんだと思う。逆境に負けぬ強さが身に付いたと思う。最悪の選択と思った中学でしたが、今では美談にすらなります。

過去の過ちを未来によって正解に変えたわけです。

受験という壮大な「結果ゲー」は、人生の正解発表という役割も担っています。

逆に言えば、受験の成功が人生の失敗へと変わる可能性もある。

何度失敗したっていい。

過程の意味は結果により定義されるという意識を持ってください。

③人は変わり続けることができる。

皆さんの中には、「私は要領が悪いから」「俺は頭が悪いから」などと言ってそもそも自分の実力を見限っている人も多いのではないでしょうか。

結論から言うと、そのような思い込みは百害あって一利なしです。

あなたが自分自身に抱く自己イメージは、多くが外部からの情報によるものです。テストの点数が悪いからバカだとか、先生に注意されたから集中力がないとか。

僕たち人間はそういった情報に強く影響されてしまいます。それがプラスであれマイナスであれ、イメージに合わせた生き方をしてしまうのです。

でも、考えてみてください。そのような、人を構成する要素は、一生引きずらなければならないものなんだろうか。

学年最下位の人が成績トップになったり、集中力の無かった人が驚異的な力を発揮しても良いじゃないか。むしろ、そこにこそドラマがある。そしてそれは可能です。

いいかい。人は誰だって「これまでの自分」をリセットすることができる。そしてリセットした後に「新しい自分」生まれ変わることができる。それは決して難しいことではない。

哲学者サルトルは、これこそが人の生きる喜びだとも主張しています。

余談ですが、僕は「過去のリセット」を意識してから「キャラがブレる」と言われるようになりました。ぴえん。

さいごに

医療や福祉の発展に伴い、現代は「人生100年時代」と呼ばれています。僕も君たちもまだ、そのうちの5分の1程度しか生きていません。(社員さんですら、折り返してもいない。)

この100年間をどう使うか、はそれぞれの自由だけど、漫然と過ごすにはあまりにも長いよね? どうせなら、何か成し遂げる方が楽しいし、志はあった方がいい。

そんな人生に良くも悪くも大きな影響を与える大学選びというイベントに、君たちはいま直面している。重大な舵取りをするにふさわしい行動は出来ていますか? 危機感を感じたらこんなブログ閉じて、スマホを割ろう。人は常に変わり続けなければならない。

さて、散々偉そうなことを書き連ねた僕ですが、この春からwebライターとして働くことになりました。好きなことを仕事にするって、やっぱり楽しいです。

ご縁があれば、また皆さんとお会いしたいです。その時は、コンプラ無しの「裏ふじもとーーく」に花咲かせましょう。(笑)じゃあね!!

明日は山田さんのブログです。1年間一緒に働いて、いまだに「さん」付けとかウケるー。

p.s.検索エンジンで「ふじもとーーく(数字)」と検索すればバックナンバーを読めます。
「雪がきれい」とわらーうのは。

担任助手2年 藤本琉平

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